築竹な日々 このページをアンテナに追加 RSSフィード

本の活字による分類は2005-04-09にあります。
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2008-08-04書物を書体で註することへの思いめぐらし

このブログを書きはじめた初期に試みた、書物の書体による分類というのを思いかえすに、ある書物に使われている書体をすべて書きとめて書物が把握可能だろうか、と思うのである。どれだけ緻密な書誌も、それぞれの本の宇宙を追っているのにすぎない。すべての書体を同列に扱うのは論外だが、序列を付けるにせよ、ひとつひとつの書物における書体の位置づけを精緻にしつつ、しかも書物全体を統一的に把握しようとしても無謀なだけであろう。

あくまで書体を主体に書物を眺めるのであれば、むしろ、書体はその使用者がいるということを思いだし、その書体をだれが選んだかということを問うべきではないか。たとえば、中央公論社の印刷でおなじみの三晃印刷は、金属活字のときからずっと岩田の明朝体をベースとしており、それはDTPに移行したいまも継続している。

もちろん、そこには数かぎりない異例があって、それは註記されてゆかねばならない。それは印刷所の変化かもしれないし、印刷所ではなくデザイナーがしごとをしたのかもしれない。使用者もまた変化するのである。

そのようなじみちな整理から、たとえばある印刷所における環境の変化が捉えられ、あるいは個人の選好の変遷も追いえて、そこから書体史への契機が生れるかもしれない。

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