1月30日,於 国立国語研究所(立川)。前回報告はd:id:karpa:20090216:1234776805にあります。
注意ですが,個人的にまとめやすいように書いていますので,発表者のかたは異論しかないと思います。
趣旨説明 當山日出夫
- 事情の説明: 新常用漢字の議論の場がほしかった。あまりアカデミックにかたよらない場。文字に関する論をいろいろテーマティックに。
- 次回: 2010夏 出版関係者: 東京? 改訂常用漢字表を問うPt. 3 発表歓迎
當山日出夫: 言語生活の視点からの文字: 景観文字研究の課題
- 文献ではない
- 「祇」。73 JISでは示,83 JISからネ,04で示。どちらか?
- 漢和辞典 「コンピュータで出る字は載せなければならない」拡張新字体
- 「祇」と「祗」: 漢和辞典としては似ているが別字(規範)→景観文字では?
- 4年前の調査
- 「活字」ではない文字の世界(言語生活のなかの文字): 景観文字(看板・観光案内地図・道路標識・駅名標・バス停: 日常生活で目にする文字)
- シャッターにロゴを塗るのに使う型紙は残されるか? 残されまい
- 神社の奉納者一覧
- 住居表示,ポスト: 「祇園」: 例外なく「ネ祇」(活字・手書きを問わない)。ただし,祇園町南側の古いタイプのポストのみ「示祇」
- 店舗: 「祗」もおおく見られる(江戸時代の名所図会にも見える)
- 祇園祭: (画像操作・ホワイト……)「祗」から氐の下線を除去しているものが見受けられる=康煕字典体を意図的に作り出している
- 現在?
- 南側のポストの表記: 「ネ祇」に
- 京阪 祇園四条駅に改名 「環境で(示)祇ということがありますが正しくは(ネ)祇です」
- 京都ローカルな印刷物: 「ネ祇」 e.g. 京大オープンキャンパスでの資料(祇園・百万遍行バス)
- 市バス: ネ祇→示祇に。京大オープンキャンパス資料とくいちがい。でも実用上問題ない。自然と包摂されている?
- 景観文字にだけある文字: 土「日玉」日(笹原本に由来不明とあり。「日王」もある)。活字には見られない
- PC上の規範の変化が祇園の表記にどう影響するか?
鑓水兼貴: 「略字・俗字」使用における場面差・属性差
- 略字・俗字: 手書きメモ・看板・張り紙 ↔ 規範的な文字
- →日常生活に密接なもので,教わらないが使う
- どう把握?: 文字学的観点(字体・書体・文字史etc.),社会言語学的観点(景観・書き取り・意識調査etc.)
- 略字・俗字10字について,(1)接触・理解・使用,(2)使用場面の調査
- インターネット・リサーチ(インフォプラント)に依頼
- 調査対象: 近畿在住,男女20-50代各50名(母集団の適性さは問題なしとしない)
- 調査時期: 2007年8月28日〜30日
- 調査略字: 傘・点・職x2・第・権・協・曜・関
- 見たことがあるか,どこで?,意味・読みは分るか?,書いたことがあるか?,いつ?(8場面)
- 理解を自由記述してもらい,誤認を除外
- 属性差(接触・理解・使用率,年代差,性差),場面差(使用場面)
- 高田・鑓水(2008) 日本言語学会で発表
- 接触・理解・使用率と性差はあまり影響が見られない
- 関・第・器・点について性別・場面,世代・場面のクロス集計(世代は20・30,40・50)
- 関・第については性別・世代・場面について三重クロス集計
- 場面 対自分(経済性: いそいで,面倒。保存性: メモ,ノート) 対他者(私的: 先生への手紙,友達への手紙。公的な文書),つねに使う(異質)
- 使用者のなかでの使用場面
- 20・30代: 急いで・面倒・メモが多い
- 40・50代: つねに使う率が高い(一定の地位)
- →対自分,一時性文書に多い
- 三重クロス集計: 40・50代男性: 日常的 ↔ 20・30代女性: 一時的(友達への手紙)
- 社会的な文字から個人的な文字へ: 限定され,減りつつある
- 崩し書きとしての位置づけ?: 教本が出た
岡墻裕剛: 『文字のしるべ』に見る明治期の外国人の漢字使用
- B.H. チェンバレン: 帝大文科大の初代教員,日本語や日本文化,周辺言語についての著書・論文を多数発表
- 『文字のしるべ(A Practical Introduction to the Study of Japanese Writing)』
- 1899年初版,1905年再版
- はじめて文字について解説した本
- 日本語・日本文化について日常的,実用的な解説をした(漢字教育書として興味深い)
- 約2,500の「基本漢字(the commonest Chinese characters)」を提示→日下部表,『日本基本漢字』に影響
- ローマ字会,かなのくわいの失敗から,漢字全廃支持をひかえ,後進の外国人への指導書を作った
- 4章から漢字学習,だんだん文字がちいさく
- 巻末にインデックス(便宜的に基本漢字表とする)
- それぞれの文字に文字番号,部首,部首内画数
- App.に追加漢字,ならべられるだけ(second-rank)
- 改訂: ページ数と漢字番号数の増加(異体字含)。字体数: 2423→2626(初版のみ: 字種22,字体23)。筆写: 2350→2086。異体字統合(併記に),字体の変更など(原因は不明なもの(活字のもの),指示があったろうもの(電気版)などある)
- 資料への書き込み: 所有者によるサイン,書き込み,紙片の挿入などがある
- 日本にある40冊中の調査し得た29冊中24冊に書き込み
- 書き込み: 読みがな,筆写字体の訂正,欄外への書き込み。基本的に外国人のものと考えられる
- ロシア海賊版: 再版の筆写字体と日本語例文に基づいて作成。英語の説明は省略,誤字多数,複数の手: ロシア人向けか
杉山元康: 『活字離れ』論の実態と、私たちの触れている『カツジ』
- あるいは「昨日通り過ぎた電車が来るのを、いつまで待っているのだろう」
- 編集者: 国語科教育関係に配属されたので,勉強してきたことを書いたりしてたらこんなところに
- 編集尺秘話: 印刷に気を遣う
- 武道(相生道)をやっている(柔術,武器術)
- 技を記述することはできない
- 活字離れ論: 学校読書調査で読書数は減っていない。小中高と進むにつれて読書数は減っている。読書率ってそもそもなんだろう?
図書管理用図書館利用は増大
- 中高年の読書数こそ減っている
- それより,(1)活字離れ,文字離れ,本離れはなぜ混在するのか,(2)活字離れのあるなしが別れるのはなぜか
- 「活版印刷」=物理的活字を使った印刷はとうに絶滅している
- 「活版ブーム」(活版復興?): 和文活字の量のために,活字製造技術の枯渇のために,不可能に近い
- 3Dプリンタで作る夢: 挫折
- 活字の時代区分: 手書き文字→版→金属活字→電子化文字→原稿の活字化(印刷するときにラスタライズ=非活字化している): 文字の可動可能範囲の増大化
- 「そんなものは本ではない」という読書離れ論: メディアの転換を無視している
- 電子書籍元年が何年も続いているが,じつは,原稿が電子化しおわった時点が電子書籍元年だったのではなかろうか
いつになったら,電子本は普及したって言っていいの?*
: 専用機以外の電子書籍媒体はすでに普及している
- アウトプットとしての文字がラスタライズされずにインプットできればいい
(ざっくばらんな感想)発表時間を過ぎても終らせるよう指示すらしないのは,まあ,会の性質から容認せざるを得ないのか……。昭和の技術をばかにするなよ。「活字」は一個一個で認識されがちだから活字論は狂ってくるんですよ。それと,雑学披露と発表とはまた違うのだなあと思いました。
小形克宏: 言語生活から見た絵文字のUnicode提案
- 初期絵文字: キャリアーごとの独自化をもった拡張: かこいこみ→相互変換サービスを開始するも,1対1の変換が不可能に
- Google+Apple: Unicode, ISO/IEC 10646に絵文字を提案: 色・動き以外はキャリアー原規格に随い,原規格分離原則を適用し,"Unicode"にすでに同様の文字があっても再度集録→互換性重視
- アイルランド・ドイツNB(Natl Body; 国家代表?)が対抗提案: 文字の配置を再編,文字追加,名称・デザインを変更→国際規格であるからには普遍性のある汎用的なものであるべき
- →IR・DE提案を中心とした折衷案に
- 原規格との互換性と国際規格の汎用性の折半
- セマンティクスのとらえかたのちがい
(感想)言語生活……? 文字コード論の抽象から言語生活(=生活での利用)まで降りてくのはだいぶ至難なことのように思われる。
討論
(家辺=司会)
おことわり: 演説は省きました。
- 常用漢字は廃止していいのではないか,ローマ字の正書法についてどう思うか(会場)
- 常用漢字については次回に,ローマ字の正書法については,日本語を学ぶ人のためを考えるということがあってもいいのではないか(當山)
- 常用漢字は制限漢字表ではないから,すきにすればよい,この表にのっとって書いている文献の蓄積もあるので,廃止するにはおよばないだろう。ローマ字の正書法については,ゆれがあまり許されないようで,地名など,まだなにがやりようがあろうように思う(家辺)
- 鑓水氏について,書写体であるのに,活字で示して書いたか,と問うては,そんな書き方はだれもしたことがないとしか答えようがないではないか。また,60・70代のデータがなくては不足である(斉藤みち)
- ひとびとの日常的な文字使用について調査をまったくしていないのはたしかで,その問題意識からこういうことをこころみた。調査のつごうから60・70代の使用は調査できなかった(鑓水)
- 文字のしるべで,国のなかの点があった。これは興味がある。チェンバレンはそれを分っていたか? また,それに書き込みはなかったか?(安岡孝一)
- 点は書き込みか?(岡墻)
- 「日玉」もそう。日本は玉がいいのか?(安岡)
- 点があるとしまった感じがする(川幡太一)
追記
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そうでしたっけ……。狩野さんの発表をどきどきしながら見守ってた記憶しかないですね(笑。
>言語生活
絵文字をどのように使えるか、という問題だと思うのですが、未来予測をしては言語生活ではないわけで……。携帯とPCの垣根を、絵文字がどう乗り越えるかということを描けるんでしょうか。どうやって?(笑