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本の活字による分類は2005-04-09にあります。

2010-02-18和翰名苑後序 このエントリーを含むブックマーク

蓋世之為羲献者則黜理成為理成者則黜羲献道不同不相為漆者豈謂是耶余観理成之書運筆結体儼然存古亦羲献之流亜也猶伯陽氏之於我儒然有平安滕生者篤厚嗜書好為理成以故我古昔称善書者自縉紳縫掖至緇流閨秀及士庶之名家巻是皆蔵焉生欲綴輯其書之純粋者以恵後昆蓋可十数年今戊子夏稿始成矣乃有上木之役齎来清言固辞不可余曰夫口飽太牢之味者不顧蔾藿之羹耳熟韶武之音者不屑蒭蕘之唱亜槐菅公業已有序詞旨鄭重宣意著明足以采焜燿乎今世亦足以不朽乎後余将奚云雖然昔柳〻州有言曰春秋之道或始事或終義則後序之設不為非経也卒記数語巻末傚顰柳州云明和戊子秋七月既望平安大江資衡稚圭撰

(国語学大系7,1939,p. 174による)

わたくしの訓み。

蓋,世之為羲献*1者則黜理成,為理成*2者則黜羲献。道不同不相,為漆*3者豈謂是耶。余観理成之書,運筆結体儼然存古,亦羲献之流亜也,猶伯陽氏*4之於我儒。然有平安滕生者,篤厚嗜書好為理成。以故我古昔称善書者自縉紳*5縫掖*6至緇流*7閨秀*8及士庶*9之名家巻是皆蔵焉。生欲綴輯其書之純粋者以恵後昆蓋可十数年。今戊子*10夏稿始成矣,乃有上木*11之役,齎来清言固辞不可。余曰「夫口飽太牢之味者不顧蔾藿之羹耳熟韶武之音者不屑蒭蕘之唱」。亜槐菅公*12業已有,序詞旨鄭重宣意著明足。以采焜燿乎。今世亦足以不朽乎。後余将奚云。雖然,昔柳〻州*13有言曰「春秋之道或始事或終義。則後序之設不為非経也」*14。卒記数語巻末傚顰柳州云。明和戊子秋七月既望。平安大江資衡稚圭撰

*1:王羲之と王献之

*2:藤原佐理と藤原行成か。

*3:??

*4:老子

*5:高位の者

*6:儒者

*7:僧侶

*8:才媛

*9:下級貴族と市民

*10:明和5

*11:出版

*12:東坊城綱忠

*13:柳宗元

*14:送韓豐群公詩後序「予謂春秋之道,或始事,或終義。大易之制,序卦處末。然則後序之設,不為非經也。」

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2010-01-30

第4回ワークショップ: 文字(第1回文字研究会)発表傍聴記

23:42 | 第4回ワークショップ: 文字(第1回文字研究会)発表傍聴記 - 築竹な日々 を含むブックマーク

1月30日,於 国立国語研究所(立川)。前回報告はd:id:karpa:20090216:1234776805にあります。

注意ですが,個人的にまとめやすいように書いていますので,発表者のかたは異論しかないと思います。

趣旨説明 當山日出夫

  • 事情の説明: 新常用漢字の議論の場がほしかった。あまりアカデミックにかたよらない場。文字に関する論をいろいろテーマティックに。
  • 次回: 2010夏 出版関係者: 東京? 改訂常用漢字表を問うPt. 3 発表歓迎

當山日出夫: 言語生活の視点からの文字: 景観文字研究の課題

  • 文献ではない
  • 「祇」。73 JISでは示,83 JISからネ,04で示。どちらか?
  • 漢和辞典 「コンピュータで出る字は載せなければならない」拡張新字体
  • 「祇」と「祗」: 漢和辞典としては似ているが別字(規範)→景観文字では?
  • 4年前の調査
  • 「活字」ではない文字の世界(言語生活のなかの文字): 景観文字(看板・観光案内地図・道路標識・駅名標・バス停: 日常生活で目にする文字)
  • シャッターにロゴを塗るのに使う型紙は残されるか? 残されまい
  • 神社の奉納者一覧
  • 住居表示,ポスト: 「祇園」: 例外なく「ネ祇」(活字・手書きを問わない)。ただし,祇園町南側の古いタイプのポストのみ「示祇」
  • 店舗: 「祗」もおおく見られる(江戸時代の名所図会にも見える)
  • 祇園祭: (画像操作・ホワイト……)「祗」から氐の下線を除去しているものが見受けられる=康煕字典体を意図的に作り出している
  • 現在?
  • 南側のポストの表記: 「ネ祇」に
  • 京阪 祇園四条駅に改名 「環境で(示)祇ということがありますが正しくは(ネ)祇です」
  • 京都ローカルな印刷物: 「ネ祇」 e.g. 京大オープンキャンパスでの資料(祇園・百万遍行バス)
  • 市バス: ネ祇→示祇に。京大オープンキャンパス資料とくいちがい。でも実用上問題ない。自然と包摂されている?
  • 景観文字にだけある文字: 土「日玉」日(笹原本に由来不明とあり。「日王」もある)。活字には見られない
  • PC上の規範の変化が祇園の表記にどう影響するか?

鑓水兼貴: 「略字・俗字」使用における場面差・属性差

  • 略字・俗字: 手書きメモ・看板・張り紙 ↔ 規範的な文字
  • →日常生活に密接なもので,教わらないが使う
  • どう把握?: 文字学的観点(字体・書体・文字史etc.),社会言語学的観点(景観・書き取り・意識調査etc.)
  • 略字・俗字10字について,(1)接触・理解・使用,(2)使用場面の調査
  • インターネット・リサーチ(インフォプラント)に依頼
  • 調査対象: 近畿在住,男女20-50代各50名(母集団の適性さは問題なしとしない)
  • 調査時期: 2007年8月28日〜30日
  • 調査略字: 傘・点・職x2・第・権・協・曜・関
  • 見たことがあるか,どこで?,意味・読みは分るか?,書いたことがあるか?,いつ?(8場面)
  • 理解を自由記述してもらい,誤認を除外
  • 属性差(接触・理解・使用率,年代差,性差),場面差(使用場面)
  • 高田・鑓水(2008) 日本言語学会で発表
  • 接触・理解・使用率と性差はあまり影響が見られない
  • 関・第・器・点について性別・場面,世代・場面のクロス集計(世代は20・30,40・50)
  • 関・第については性別・世代・場面について三重クロス集計
  • 場面 対自分(経済性: いそいで,面倒。保存性: メモ,ノート) 対他者(私的: 先生への手紙,友達への手紙。公的な文書),つねに使う(異質)
  • 使用者のなかでの使用場面
  • 20・30代: 急いで・面倒・メモが多い
  • 40・50代: つねに使う率が高い(一定の地位)
  • →対自分,一時性文書に多い
  • 三重クロス集計: 40・50代男性: 日常的 ↔ 20・30代女性: 一時的(友達への手紙)
  • 社会的な文字から個人的な文字へ: 限定され,減りつつある
  • 崩し書きとしての位置づけ?: 教本が出た

岡墻裕剛: 『文字のしるべ』に見る明治期の外国人の漢字使用

  • B.H. チェンバレン: 帝大文科大の初代教員,日本語や日本文化,周辺言語についての著書・論文を多数発表
  • 『文字のしるべ(A Practical Introduction to the Study of Japanese Writing)』
  • 1899年初版,1905年再版
  • はじめて文字について解説した本
  • 日本語・日本文化について日常的,実用的な解説をした(漢字教育書として興味深い)
  • 約2,500の「基本漢字(the commonest Chinese characters)」を提示→日下部表,『日本基本漢字』に影響
  • ローマ字会,かなのくわいの失敗から,漢字全廃支持をひかえ,後進の外国人への指導書を作った
  • 4章から漢字学習,だんだん文字がちいさく
  • 巻末にインデックス(便宜的に基本漢字表とする)
  • それぞれの文字に文字番号,部首,部首内画数
  • App.に追加漢字,ならべられるだけ(second-rank)
  • 改訂: ページ数と漢字番号数の増加(異体字含)。字体数: 2423→2626(初版のみ: 字種22,字体23)。筆写: 2350→2086。異体字統合(併記に),字体の変更など(原因は不明なもの(活字のもの),指示があったろうもの(電気版)などある)
  • 資料への書き込み: 所有者によるサイン,書き込み,紙片の挿入などがある
  • 日本にある40冊中の調査し得た29冊中24冊に書き込み
  • 書き込み: 読みがな,筆写字体の訂正,欄外への書き込み。基本的に外国人のものと考えられる
  • ロシア海賊版: 再版の筆写字体と日本語例文に基づいて作成。英語の説明は省略,誤字多数,複数の手: ロシア人向けか

杉山元康: 『活字離れ』論の実態と、私たちの触れている『カツジ』

  • あるいは「昨日通り過ぎた電車が来るのを、いつまで待っているのだろう」
  • 編集者: 国語科教育関係に配属されたので,勉強してきたことを書いたりしてたらこんなところに
  • 編集尺秘話: 印刷に気を遣う
  • 武道(相生道)をやっている(柔術,武器術)
  • 技を記述することはできない
  • 活字離れ論: 学校読書調査で読書数は減っていない。小中高と進むにつれて読書数は減っている。読書率ってそもそもなんだろう?
  • 図書管理用図書館利用は増大
  • 中高年の読書数こそ減っている
  • それより,(1)活字離れ,文字離れ,本離れはなぜ混在するのか,(2)活字離れのあるなしが別れるのはなぜか
  • 「活版印刷」=物理的活字を使った印刷はとうに絶滅している
  • 「活版ブーム」(活版復興?): 和文活字の量のために,活字製造技術の枯渇のために,不可能に近い
  • 3Dプリンタで作る夢: 挫折
  • 活字の時代区分: 手書き文字→版→金属活字→電子化文字→原稿の活字化(印刷するときにラスタライズ=非活字化している): 文字の可動可能範囲の増大化
  • 「そんなものは本ではない」という読書離れ論: メディアの転換を無視している
  • 電子書籍元年が何年も続いているが,じつは,原稿が電子化しおわった時点が電子書籍元年だったのではなかろうか
  • いつになったら,電子本は普及したって言っていいの?*: 専用機以外の電子書籍媒体はすでに普及している
  • アウトプットとしての文字がラスタライズされずにインプットできればいい

(ざっくばらんな感想)発表時間を過ぎても終らせるよう指示すらしないのは,まあ,会の性質から容認せざるを得ないのか……。昭和の技術をばかにするなよ。「活字」は一個一個で認識されがちだから活字論は狂ってくるんですよ。それと,雑学披露と発表とはまた違うのだなあと思いました。


小形克宏: 言語生活から見た絵文字のUnicode提案

  • 初期絵文字: キャリアーごとの独自化をもった拡張: かこいこみ→相互変換サービスを開始するも,1対1の変換が不可能に
  • Google+Apple: Unicode, ISO/IEC 10646に絵文字を提案: 色・動き以外はキャリアー原規格に随い,原規格分離原則を適用し,"Unicode"にすでに同様の文字があっても再度集録→互換性重視
  • アイルランド・ドイツNB(Natl Body; 国家代表?)が対抗提案: 文字の配置を再編,文字追加,名称・デザインを変更→国際規格であるからには普遍性のある汎用的なものであるべき
    • e.g. 「西洋人」アイコンを西洋人男性,西洋人女性に分離;虎の顔(Tiger)を虎全身(Tiger)に変更(名称に忠実に);郵便局(Post office)をJap.とEur.に分離
  • IR・DE提案を中心とした折衷案に
  • 原規格との互換性と国際規格の汎用性の折半
  • セマンティクスのとらえかたのちがい

(感想)言語生活……? 文字コード論の抽象から言語生活(=生活での利用)まで降りてくのはだいぶ至難なことのように思われる。


討論

(家辺=司会)

おことわり: 演説は省きました。

  • 常用漢字は廃止していいのではないか,ローマ字の正書法についてどう思うか(会場)
    • 常用漢字については次回に,ローマ字の正書法については,日本語を学ぶ人のためを考えるということがあってもいいのではないか(當山)
    • 常用漢字は制限漢字表ではないから,すきにすればよい,この表にのっとって書いている文献の蓄積もあるので,廃止するにはおよばないだろう。ローマ字の正書法については,ゆれがあまり許されないようで,地名など,まだなにがやりようがあろうように思う(家辺)
  • 鑓水氏について,書写体であるのに,活字で示して書いたか,と問うては,そんな書き方はだれもしたことがないとしか答えようがないではないか。また,60・70代のデータがなくては不足である(斉藤みち)
    • ひとびとの日常的な文字使用について調査をまったくしていないのはたしかで,その問題意識からこういうことをこころみた。調査のつごうから60・70代の使用は調査できなかった(鑓水)
  • 文字のしるべで,国のなかの点があった。これは興味がある。チェンバレンはそれを分っていたか? また,それに書き込みはなかったか?(安岡孝一)
    • 点は書き込みか?(岡墻)
    • 「日玉」もそう。日本は玉がいいのか?(安岡)
    • 点があるとしまった感じがする(川幡太一)

追記

感想をお書きのブログをまとめてみる:

ogwataogwata2010/02/01 12:24止めようかとは思ったんだけど、去年夏に同じことをやってるので言うべき言葉はなく。言語生活……つながらなくて困りました。申し訳なし。

karpakarpa2010/02/01 12:44> 止めようか
そうでしたっけ……。狩野さんの発表をどきどきしながら見守ってた記憶しかないですね(笑。

>言語生活
絵文字をどのように使えるか、という問題だと思うのですが、未来予測をしては言語生活ではないわけで……。携帯とPCの垣根を、絵文字がどう乗り越えるかということを描けるんでしょうか。どうやって?(笑

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2009-05-10キリスト教宣教にともなう言語学と印刷の展開ノート このエントリーを含むブックマーク

序説

16世紀,スペインとポルトガルが覇をなしたこのころ,カトリック教会もまた,拡大をしていた。というのも,両国はローマ教皇の信任を得て,カトリック教界の拡大にも努めたからである。さまざまなおもわくやぶつかりあいはあったのにせよ,両国はカトリック教会の保護をしたし,また現代において,さまざまな問題を抱えてはいても,旧殖民地にカトリック教会は定着しているといえるだろう。

さて,日本にはじめて西洋印刷術を伝えたのが,イエズス会であることはよく知られていよう。このように,まさに布教活動の任にある宣教会が,印刷の主体となるのは日本に限ったことではない。はじめて西洋印刷術が「そと」に出た,メキシコ・シティに据えられた印刷機(1535年)もまた,宣教に用立てられる目的でもたらされたのであった。むしろ,印刷機は,近代化の時代に現地国家(いわゆるネーション=ステート)ないし民間資本が印刷を志すまでは,宣教とともに拡がっていたものといって過言でなかったのである。

大航海時代の言語研究と印刷機拡大

宣教初期の宣教会にとって,現地で宣教師を育成するのは無理があり,絶えずわかい宣教師を派遣して現地語を学ばせることによって成りたたせる必要があった。わかいとはいえ,みな成人してひさしい新人宣教師に言語を学ばせるうえで,文法書や辞書,現地語テクストが自然と希求された (Ostler 39)。活版印刷機は,そのような需めに応じて,あるいは,それを進展させるために導入が進められたのである。

メキシコで印刷されたものとして知られるもっともふるい書物は,アステカ帝国でひろく用いられていたナーワトル語 (Nahuatl) で書かれたキリスト教の教理書で,文法書や辞書が続いた。また,ワステック語 (Huastec) やミシュテック語 (Mixtec) もまた言語学習環境が整えられた。ペルーの宣教では,スペイン本国での文法書の出版が印刷機の将来に魁けたが,設置されると,やはり多様な現地語教材の印刷に充てられた (Ostler 39–40)。

現地での出版には,出版してしまえばすぐに使えるし,目が行き届くという最大の利点があった。とはいえ,すべての拠点に印刷機があったわけではなく,たとえば,ポルトガル殖民地で印刷機があるところはコチンやゴアなど東インドの拠点と日本(のちマカオ)くらいであった。Maruyamaに掲載された16–17世紀のポルトガル系イエズス会の語学書では,アフリカ・ブラジル殖民地の言語のものはすべてリスボンやコインブラなどポルトガル国内の印刷にかかり,インド以東の刊行地はゴアなどのみである (158–60)。

日本に印刷所があったのは,これらからみれば特異なことであったのである*1。これは,臆測に過ぎないが,ポルトガルの体力がスペインに劣ったことも影響しているのだろう。

それでも,最古のインドの文字や日本語文字による活版印刷はこれらの活動のなかで生みだされたもので,1578年に刊行されたタミル語文字の教理書が現存しているほか,「キリシタン版」として親しまれる日本での出版活動は名高い。また,スペイン殖民地であったフィリピンでは,マニラに印刷所があり,タガログ文字でタガログ語を出版していた(三上65–66)。

宣教の主体は変るが……

ポルトガル殖民下で弘まらなかった印刷技術は,しかし,担い手を改めて,ふたたび輸出されることで定着することとなる。

旧ポルトガル布教保護地域への活版印刷の定着を担ったのは,プロテスタントであった。19世紀,バプテストのウィリアム・ケアリーらがデンマーク領インドのセランポールにおいて,ベンガル・オリヤ・マラティ語などインドの民族語聖書の翻訳に取り組んだほか,活版印刷ができるよう活字作成も行った(湯口)。のちには,おなじセランポールにおいて,ビルマ文字やタイ文字が開発されることとなる。また,インドでの活版印刷定着にはイギリス東インド会社の関与もあった(三上69)。

時代は前後するが,大航海時代は,ヨーロッパにおいて,現地研究が集積されはじめた時代でもあった。布教聖省は,1622年に開設されると,4年後には印刷所を開設し*2,「キリスト教の福音が行き届いていない地域への」宣教師を養成するための語学書を編纂しはじめた。これらは,文化研究の集約の原点ともいえ,のちのちの東洋学などの諸学の成果としてパリ王室印刷所に世界中の文字の活字が用意されるようなことに繋がった。

さきに述べた布教聖省やパリ王室印刷所などの伝統を承け,中国での印刷および漢字開発に取り組んだのもまた,イギリス東インド会社や,ロンドン伝道会,アメリカ長老会などであった。清末,西欧諸国の中国殖民地化がはじめられると,それまでマラッカなど殖民都市で使われていた漢字活字がいよいよ中国本土で用いられるようになる。中国学の伝統と,これらの漢字活字化などから,分合活字や漢字頻度調査などの創意工夫を経て,アメリカ長老会の美華書館で実用に至ったと言えるが,美華書館は,そこで学んだ技術を持って開業した現地人民間資本の商務印書館に取って代られるのだった(鈴木)。

宣教と印刷機

Ostlerは,大航海時代以降のキリスト教宣教における言語学習の側面について,現地語と殖民者の言語の両方に達した宣教師の養成手段を得るためであったという (44)。また,このことは,現地のひとびとについてなんら肯定的な評価を与えたうえでなされたわけではないことに注意しなければならない。その地における伝統的文字が印刷に附される一方で,それが殖民地政府によって禁止されるということもあったからである(三上66−67)。

このように,印刷機は輸出されていった。この過程はまた,印刷機がヨーロッパ人の必要の判断によってもたらされたものであることを説明するだろう。

文献

  • Maruyama, Toru. “Linguistic Studies by Portuguese Jesuits in Japan.” Zwartjes and Hovdhaugen 141–60.
  • 三上,喜貴『文字符号の歴史アジア編』東京: 共立出版,2004.
  • Ostler, Nicholas. “The Social Roots of Missionary Linguistics.” Zwartjes and Hovdhaugen 33–46.
  • 鈴木,広光「ヨーロッパ人による漢字活字の開発: その歴史と背景」『本と活字の歴史事典』印刷史研究会編.東京: 柏書房,2000.137–231.
  • 湯口,隆司「インド初期プレス史に果たした「セランポール・トリオ」の役割」『新聞学評論』38 (1989): 152–64.
  • Zwartjes, Otto, and Even Hovdhaugen, eds. Missionary Linguistics. Amsterdam: John Benjamins, 2004.

*1:なお,中国では活版技術は行われず,すでに盛んであった木版印刷によっておおくの出版をしている。これは,イエズス会の適応主義のあらわれであってのことだろう。

*2:三上67には,1626年に布教聖省が開設されたと説くが,この年に開設されたのは印刷所である(鈴木142)。なお贅言を重ねれば,三上66に日本で「キリシタン版」の印刷に使用された印刷機がマニラに渡ったと理解しうるかと思われる文言があるが,イエズス会が将来した印刷機は,追放後マカオに渡ったのであり,誤解を招く。Diary / + PCC + / 資料屆く参照。

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2008-08-04書物を書体で註することへの思いめぐらし このエントリーを含むブックマーク

このブログを書きはじめた初期に試みた、書物の書体による分類というのを思いかえすに、ある書物に使われている書体をすべて書きとめて書物が把握可能だろうか、と思うのである。どれだけ緻密な書誌も、それぞれの本の宇宙を追っているのにすぎない。すべての書体を同列に扱うのは論外だが、序列を付けるにせよ、ひとつひとつの書物における書体の位置づけを精緻にしつつ、しかも書物全体を統一的に把握しようとしても無謀なだけであろう。

あくまで書体を主体に書物を眺めるのであれば、むしろ、書体はその使用者がいるということを思いだし、その書体をだれが選んだかということを問うべきではないか。たとえば、中央公論社の印刷でおなじみの三晃印刷は、金属活字のときからずっと岩田の明朝体をベースとしており、それはDTPに移行したいまも継続している。

もちろん、そこには数かぎりない異例があって、それは註記されてゆかねばならない。それは印刷所の変化かもしれないし、印刷所ではなくデザイナーがしごとをしたのかもしれない。使用者もまた変化するのである。

そのようなじみちな整理から、たとえばある印刷所における環境の変化が捉えられ、あるいは個人の選好の変遷も追いえて、そこから書体史への契機が生れるかもしれない。

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2007-12-16IPA P ゴシックのÆ このエントリーを含むブックマーク

形があまり見ないものなのですが、どういったわけでこんな形になったのだろうと思いました。f:id:karpa:20071216111713p:image:right

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